日本鍼灸大学 
はじめに
東洋医学では「肺腎相生（はいじんそうせい）」という考え方があり、
肺が「気の上流」、腎が「気の下流」として、互いに呼吸と代謝の循環を支え合っています。
肺は呼吸によって外界の「清気」を取り込み、腎はその気を全身に循環させる「納気（のうき）」の働きを担います。
つまり、肺が呼吸を起こし、腎がそれを支える。
この協調によって、呼吸の深さ・体温の安定・免疫の強さ・生命力の維持が実現します。
この関係が乱れると、「肺腎両虚」や「腎不納気」と呼ばれる状態が生じ、
息切れ・慢性咳嗽・冷え・むくみ・倦怠感・免疫低下などの症状が現れます。
本記事では、肺腎の構造と生理的連携を解剖学的・鍼灸的視点から整理し、
安全かつ効果的な施術法を詳しく解説します。
1️⃣ 肺腎の解剖学的構造と生理的連携
| 臓器 | 位置 | 主な機能 | 鍼灸的意義 |
|---|---|---|---|
| 肺 | 胸腔内、心臓の両側 | 呼吸・酸素交換・免疫 | 気の取り込み・発散・防衛機能 |
| 腎 | 腰部、第12胸椎〜第3腰椎 | 体液調整・ホルモン・血圧 | 精の貯蔵・水代謝・納気 |
肺と腎は解剖的には離れていますが、
横隔膜と自律神経を介して密接に連携しています。
呼吸のたびに横隔膜が動くことで、胸腔と腹腔の圧力差が生じ、
肺の換気と腎の血流が同期します。
また、腎で産生されるエリスロポエチン（造血ホルモン）は、
肺での酸素供給と連動して血液の質を保つため、
呼吸と代謝をつなぐホルモン性ループも形成しています。
2️⃣ 肺腎不調のメカニズム
● 東洋医学的視点
- 肺気虚 → 息切れ・咳・倦怠・免疫低下
- 腎気虚 → 冷え・むくみ・排尿異常・慢性疲労
- 腎不納気 → 呼吸が浅く、吸気で息切れ・夜間咳が出やすい
● 現代生理学的対応
慢性的ストレスや老化により、自律神経（交感・副交感）のリズムが乱れると、
呼吸筋の機能が低下し、腎血流も減少。
その結果、酸素運搬能が下がり、代謝が鈍くなる。
これが「疲労が抜けない」「息が浅い」体質の背景となります。
3️⃣ 肺腎に関係する主要経穴
| 経穴名 | 経絡 | 位置 | 主な作用 |
|---|---|---|---|
| 肺兪（BL13） | 膀胱経 | 第3胸椎棘突起下縁 | 呼吸調整・免疫強化・咳改善 |
| 腎兪（BL23） | 膀胱経 | 第2腰椎棘突起下縁 | 代謝・冷え・生命力補充 |
| 太渓（KI3） | 腎経原穴 | 内果とアキレス腱の間 | 体温・ホルモン・呼吸補助 |
| 列缺（LU7） | 肺経 絡穴 | 手首橈側、茎状突起上方 | 呼吸・喉・肩こり・情動緩和 |
| 関元（CV4） | 任脈 | 臍下3寸 | 腎気補充・免疫強化 |
| 中府（LU1） | 肺経 募穴 | 鎖骨下窩外方 | 浅呼吸・胸のつまり改善 |
これらを組み合わせることで、
上（肺）と下（腎）の連動を高め、呼吸と代謝を全体的に整えることができます。
4️⃣ 鍼灸施術と安全の要点
- 胸部刺鍼は浅刺厳守
→ 中府・肺兪は0.3〜0.5寸。気胸防止のため、肋間に対して斜刺。 - 背部施術で呼吸同調
→ 肺兪・腎兪への刺入は吸気で行い、呼気で抜鍼。 - 温熱刺激の併用が効果的
→ 腎兪・関元・太渓への温灸で腎陽を補い、肺の働きを助ける。 - 慢性咳嗽や虚弱体質には補法中心
→ 連続的な低刺激で、副交感神経を活性化し呼吸を深める。
5️⃣ 臨床応用
- 慢性咳・息切れ・浅呼吸
→ 肺兪＋列缺＋腎兪＋太渓。呼吸機能と代謝を強化。 - 冷え性・疲労・むくみ
→ 腎兪＋関元＋三陰交で温煦作用を高める。 - 免疫低下・風邪をひきやすい
→ 肺兪＋腎兪＋風門への温灸。防衛気（衛気）を強化。 - 不眠・呼吸が浅く夢が多い
→ 太渓＋神門＋列缺で心腎・肺腎の気血を調える。
まとめ
肺腎の関係は、「呼吸と代謝」「気と精」「上と下」をつなぐ生命の循環軸です。
肺が気を動かし、腎がそれを納めて全身を温める——その調和が生命のリズムを保ちます。
鍼灸では、肺兪・腎兪・列缺・太渓・関元などのツボを用いて、
呼吸・代謝・体温・免疫の連携を整えることができます。
浅く息を吸い、深く巡らせるように刺激を施すことで、
「気が上がり、水が降りる」東洋医学的な循環が再生します。
次回は、「肝肺の関係 ― ストレスと呼吸をつなぐ臓腑の連携」をテーマに、
情動と呼吸の関連、ストレス性呼吸障害への鍼灸的アプローチを解説します。
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